土方十四郎の脳で「彼」は新鮮と腐蝕の、生と死の、決して共存することのないはずの事象を同時に(それはまるで紙の表と裏のようにぴたりと符合して分離することを拒みながら両立し)象徴する肉体を持って矛盾というカテゴリーの中に謎めいて存在する。古びた金属の耐え切れずに発する錆を骨にしのばせて命を失ったあらゆるものの放つ強烈な死臭腐敗臭そして腐肉と何ものかも知れぬ粘液を内腑として肉として血液として、しかしそれを包む表皮は鮮やかな白さで目を貫きその伸びやかな手足はまさしく生きているもののしなやかさの具現となって空間の中を泳ぐのだけれどもそれは決して土方の目の前で展開されることはない光景だ。土方と向き合う「彼」は常に青白く死者の様相で、生と死の境界線のこちら側向こう側、越えられない不可侵のそしてまた不可視の壁に遮られて二人の間に存在する距離は無限の広がりをみせる。遠ざかる。手の届かないところ。とおく遠くへ。 (桂はこう思っている。もしもその気になれば、愛情の不在のままでだって愉楽を営むことは可能だけれども、それをこそひどく怖れる。道徳、例えば愛が無ければ結びつくことが許されないというようなこと、が問題なのではなく、そんな陳腐なものはとっくに嘲って土の上に踏みにじって捨ててしまったのだけれどそうではなく、その相手が自分であり土方であるというその一点がただその一点だけが重大で問題なのだ。と。) 「彼」が輝くような生の充実を、紅潮した頬を、はだけさせられた(あるいは自らはだけた)着衣の下の肌をまさぐる手の下で密着する肉体の下で汗と熱い体液を垂れ流しながら喘ぐ声をさらけ出すのは決して土方の前ではなく、土方の前で「彼」は常に所在無さ気に沈黙し、青白く透き通る皮膚をして、それは本当に空気の中へと気化することを望むとでもいうように一瞬一秒でも早く土方の視線から逃れることを望んでいた。幼くて、盲目的な、破壊的な不器用な暴力に支配された空間からの脱出。彼は今にも死に向かいそうに見える。それは自分のせいだと土方は知っている。(妥協すること、そうすることで隠されていた二人のある種の感情が、むき出しにされ暴かれるのではないかと怖がっている。重なる、という一時期の、そのための情熱に肉体と精神を賭けてしまうことが怖い。一生残るであろう傷、もしくは一生を枯れ朽ちさせる傷を望むほどの強さも無くて、滑稽な臆病さで身を竦めて嵐が去るのを待つように、しながら) 誰か他の男、例えば銀色の、腕の中では確かに芽吹く「彼」の柔軟な魅力は、土方を安堵させまた不安にさせる。「彼」は肌を赤らめながら営み、呻いて、よがって、喘ぐのだろう。土方の知らない世界で、土方から遠い世界で、他の男に属しながら、土方を忘れながら。忘れ続けながら。焼いて焦がれる感情の先は、だから行く末を知らない。どこかには必ずあるはずの、でもそれは辿ることも追いつくこともできない不在の指標を捜し求めてあてどなくあてどなく追って追って追っかけ。 土方は「彼」の名前を呼ぶことはできない。名を呼ぶことでますます遠ざかりながらますます離れがたくなる矛盾と不可能の存在。としてそこにただ立っている。 (逃げて逃げて、いつかこの蠱惑的で、恐ろしく、不気味な追跡が観念の黄昏を迎えるまで桂は逃走を止めない。土方の目の触れぬところ手の伸ばされぬところに身体を潜めて息を潜めて、おしまいになるまでどこまでも遠くへ) そして永遠に手に入れることはできないのだ。