| じゃあ僕たち今日はあちらに泊まりますから、と子供たち(と犬)の階段を下りていく音はタンタンタンタン、ギイィィ、タン……と5段目で大層な悲鳴を上げて、そういえばあのたてつきの悪い玄関に向かう足下、古びた金属の階段は下り5段目上り16段目で甲高く軋むのだということを桂は思い出す。錆付く足元の鉄板は赤茶けて酷く薄く脆くなっていつか足を踏み外すことを予感して心を竦ませたりして足踏みは恐る恐ると上って来ていることなどは子供たちの失せた後に忙しなく侵入してくる湿気た舌の絡みつく絡めあう最中には瑣末に過ぎて口にするのを忘れてしまう。舌に絡まる唾液に先ほど飲んだ酒の味が溶け込んでいる。「甲斐性なし」と呟く声は小さかったはずなのにしたたか頬をはたかれる。甲斐性なし。酔う酒は安酒、あの階段のことを口にしたってこの男には直す金もなく金がなくこうしてホテルにも行かずになかば追い出すように子らを追いやった部屋の中で頻繁に繋ぎ合っている。毎週のように訪れて無味乾燥の誘い文句を喚き散らして擦り寄る桂がこの家に落としてゆくものといえば迷惑と危険でしかなく敏い銀時にそれが分からぬはずもなく幾度となく「来るな」と言いかけた口を閉じては緩め閉じては緩めして結局は無言になる物言いたげにもごもごとするだけの唇に気が付かない馬鹿のふりで桂はのこのことやって来るし銀時はそれを止め(られ)ない。桂は白々しく手を伸ばすし銀時は打ち払えない。この男は桂の手から銀時を奪ってしまったことについて手ひどく引っ手繰ってしまったことについてその所為での桂の煩悶について桂の血の気が失われた顔について桂の細く細く少しずつすこしずつ肉の削げ落とされていった桂の手足についてずっとずっと考えていてこんな風に桂を目の前にして「ヅラァ、」と誤魔化すようにふざけた言葉を投げつける裏には眼の奥に桂を懼れるような窺うような銀時が存在していることを桂は知っていて重ね合わせる痩せ細った間違いなく抱き心地のよくないはずの身体の表面を撫で摩る手が不自然に優しいあったかいのだってもちろん気が付いている。罪悪感の裏返し。(貴様は俺を捨ていって、)(おれは死ぬほど、)無言の繰言を前に銀時が何かを言おうとして口を噤むとき、物言えぬ沈黙に喘ぐとき、手慣れぬ優しさで愛撫するとき、桂はそれ以上の罪悪感で自分で自分を許せないと思う。(おれは死ぬほど泣き喚いて)と言ったって自分は変わらずこうして生きているし、銀時がたとえ自分の隣に居なくとも飯を食い寝て起きて息を吸い吸い平穏無事に生きていけるはずなのにそれでもみじめったらしくこうして縋りついているのは桂のエゴに過ぎなくて早い話桂は銀時の罪悪感につけこんでんまんまと快楽を貪っている自分を自分で許せないと思うのに思うだけで止められないで続けている絡繰り。こんなにうす汚い自分にはいつかは必ず天罰が下るのだ(下って欲しい)と予感していて例えばあの階段で帰途、下りにはタンタンタンタン、5段目の軋む段に足をかけてガゴッという音を鳴らせる。踏み抜いた鉄板はゆっくりと夜の空間に落下してゆくその後を追って桂は放心したように身体を宙へ浮かせてやがて黒に呑み込まれるように地面へと叩きつけられるまで悲鳴を上げる間もなく落ちてゆく呑み込まれてゆくところはきっときっと地獄の底で今までごめんねさようならさようならと言葉にならぬ声で呟いてゆくよ。落下速度は速く。これで許されるなんて気にもなって心軽くなって全ておしまいにしてこの人を自由に。 |