| 日本国家安寧秩序をこれ乱し無知蒙昧の烏合の衆を甘言巧みに率いては無辜の民庶をはかなく散らせた罪の赦し難しによって、攘夷の首魁桂小太郎、切腹などとはあまりに軽い贖罪ゆえに斬首の刑、を申し渡して翌日日の入りともどもにその細首掻っ切ろうとする日に最期に何か食べたいものはあるか例えて言えば蕎麦なんぞ、とはなんという愚問、ははは明日にはもはやこの身を土塊に返そうとする頃になんのため糧を得ろというのかははは、と一蹴されて後、喰らいたいものなどもう有りはしないがしかし無駄に身体を無に帰すことが口惜しいといえば惜しいことでもし叶うなら愛しい人(ああ遠い目をした)、に我が身を喰ろうてもろうてその糧にと望んでも無理無体な無いもの強請りと分かっているから高望みはいたしませんので、嗚呼もうお前でもいい、どうかこの身を喰ろうてくれはしませんか、と、哀しくせがまれて発情、まずは唇しゃぶりつき首筋を舐めて味わい下肢を抱えて逐情その身体を貪り尽くした挙げ句想いの丈高じ涙に咽せび真情を吐露、などする俺はどうしようもなく救いようも無く浅ましいのでしょう。 「ずっと好きだった」たといその目が遠くを向いていようとも。 「お前が死ぬなら生きてはおらぬ」翌日に我が手で想う人のその首掛けたのち後を追い追い相対死にした、人は土方十四郎。 |